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映画「てんびんのうた」の舞台 五個荘金堂
天秤棒で富みを築いた
 
所在地  滋賀県 東近江市 五個荘町金堂
            交 通   JR 能登川駅より近江バス「八日市行」金堂下車

 車  名神高速八日市IC より15分
まちのおいたち 湖東平野の中央部、東海道線の能登川駅の東南約4・に位置し、東は愛知川、北と西は、和田山、観音寺山、南は箕作山によって三方を山に囲まれた平坦な水田地帯である。この地方一帯は、古代条里制の地割が今に残り、金堂地区は、東西600m、南北500mの範囲に大小200余の屋敷が配置されている。街区は、条理制特有の坪割線を基準とし整然と方向軸を有し、それに並行して家屋も配置されている。この街路に沿って水路を有するのも特色である。五個荘は、中世の庄園領主によって、南庄、北庄、橋爪庄、新八里庄の五つの庄をいう。 湖東地方は、弥生期は、集落が形成されていた。7世紀後半には、朝鮮半島から多くの渡来人が移住し、仏教文化と高度な技術を移植した。中山道が開け京都と伊勢、多賀を結ぶ交通の要所でもあった。戦国時代、観音寺山に城をかまえた佐々木六角は、南下する浅井長政に敗れ、その後、織田信長、豊臣秀吉の支配下となり徳川時代には、金堂を中心とする地域は幕府直轄の天領となり、商業が栄えた。近江商人の原点「天秤棒」、耕地の少ない五個荘は、交通の要所である為に幾度の戦乱に巻き込まれ「てんびん」一本肩に掛け行商に出た。

不撓不屈の精神で、ただ産物を他の地域で商うだけでなく、その土地の産物を持ち帰り再び商いを行う「諸国産物廻し」が特長で、これは、出先の商場にも経済的貢献をすることで支持され繁栄した。五個荘商人の中村治兵衛家の家訓に「他国へ行商するも総じて我事のみと思わず、其の国一切の人を大切にして私利を貧る事勿れ」とある。近江商人の理念は、「売手によし、買手によし、世間によし」の三方よしの考えに立脚している。社会的貢献の理念が繁栄の要因であろう。

せせらぎを導入した”かわと”

まちなみ 一丁角にグリッド化されたみちに沿って川のせせらぎが流れ、錦鯉が、優雅に泳ぐ。豪商達の本宅が並ぶまちなみである。街路のせせらぎから白壁の土塀の下をくり抜き、屋敷内に水を引き込み、屋根を掛け生活用水として洗い場や防火用水とした活用した「川戸」がある。蔵の漆喰壁を保護するために琵琶湖の廃舟を蔵の腰に貼りつけた「舟板塀」が見られるのも特長である。主要な商家に、旧外村宇兵衛家、外村繁家がある。前者は呉服類の販売で全国長者番付に名を連ねるほどの豪商であった。後者は分家で繁氏は文学者として小説「筏」(野間文学賞)はじめ多くの作品を残した。旧中江家は、大陸に13店鋪の百貨店チェーンを所有する百貨店王であったが敗戦と共に消滅した。以上3家共に公開されていて、江戸時代のまちなみや豊かなくらしを垣間見ることが出来る。

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nこの町を旅する便利な情報集   

●観光案内  五個荘町観光案内 ●付近の見所  比叡山 
●案内地図  五個荘付近地図 ●天気予報  天気予報(ひまわり)
●博物館  淡海の博物館 ●おみやげ  ふな寿司住茂登
●温 泉  雄琴温泉緑水亭 ●乗換案内  乗り換え案内路線情報
● この町をもっと知る本 近江路散歩24コース 近江商人と北前船
琵琶湖・北近畿・若狭 小説蒲生氏郷