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苔むす石垣、源氏塀  飫肥
                      

              交 通  JR日南線、飫肥駅下車70分駅より徒歩10分
                      バス 宮崎空港、南宮崎駅より飫肥バス停、約2時間
                 nnn 所在地  宮崎県日南市飫肥町 

 

洒谷川が大きく放物線を描く中、その直径400m位 の台地の中に、飫肥の武家屋敷町がある。丁度この地形は、ドイツの古都ローデンブルグ等と似た舌端状に蛇行する川を防衛の堀とする要塞である。このまちは、伊東氏と島津氏の間で、激しく永く500年戦争と称される国盗りの戦いが繰り返された 
まちの構造は、南斜面の台地の北部の高い所に飫肥城と田上八幡神社を設置し、それぞれ城の大手門及び田上神社から南に幹線軸として大手門通りと八幡通りの道路をつくり、南北には北の大手門の東から5本の道を有するグリット型の町割りである。城に近い十文字地区、大手地区には、高禄の 武家屋敷が多く、南に下がると中級武 士、さらに南の国道222号沿いの本町地区は、商家が並ぶ。飫肥の武家屋敷町は重厚で風格がある。
特に「武家門」「源子塀」「石垣」の組合わせによる統一とディール(石の組み方等)の相違が、脈となり“まち”をまとめている。「武家門」は、上級武士は、本柱、控柱各2本づつ有する切妻屋根の薬医門、中級武士は、本柱2本と屋根を支える腕木からなる腕木門を設置し、塀なみにリズムを与えている。この町は塀に特徴がある。「源氏塀」は、下部を飫肥石で積み上げその上の腰壁は下見板貼とし、さらにその上は白漆喰塗壁仕上げ、そして頂上部に瓦屋根を葺いた。実に荘厳にして重厚なものである。「石垣」は、近くに凝灰岩の飫肥石が産出されることと、防衛上の必然性により活用され、この堂々たるまちなみの景観を創出しているのである。洒谷川に囲まれた飫肥城下町は、水路のまちでもある。城下町には川から生活用水が引き込まれ、住民の生活を支えてきたものであるが、今は、この水路の恵みを、「鯉」の放流で再活用している。子供達が伸び伸びと鯉に声を掛け、身近な親水空間として、古い城下町の光景ともよくマッチして、飫肥のまちを一段と魅力あるものとしている。          
代表的な建築物は、大手門を出てすぐ左に伊東祐帰邸がある。。邸内にあった数百年の老樟樹にちなんで“豫章館”と名付けられた。この庭園は遠くの愛宕山を築山のごとく、園内借景として取り込み実に大胆、且つ雄大に眺望である。小鹿倉家は、代々飫肥藩の藩医を務めた家柄で、高石垣が道に面し、門を入ると武台付きの玄関に達する。

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